大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4041号 決定

申請人 酒井一男

被申請人 銚子醤油株式会社

主文

被申請人が昭和二十九年七月二十四日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

主文第一項と同旨の仮処分を求める。

第二、当事者間に争のない事実

被申請会社(以下会社という)は醤油の醸造を目的とする会社であつて、その従業員によつて銚子醤油株式会社従業員組合(以下組合という)が組織され、申請人は会社の従業員であると共に組合員であつたが、会社は昭和二十九年七月二十四日申請人に対して懲戒解雇の意思表示をなし、横田清二郎、日光松造、宮内一二に対して十日間出勤停止、一割減俸(横田は四ケ月、その他は三ケ月)の懲戒処分に処した。そしてその理由は同年六月四日申請人がその他の者と共に会社の許可なく同社第二工場原料倉庫において、休憩時間を利用し幻燈会を催したことであつて、右倉庫には原料等が貯蔵されているため火気厳禁のところであるが、申請人が右幻燈会を計画し、自ら幻燈機を持参してこれを操り、会社施設を無断使用したことが就業規則及び労働協約に違反するというのである。

第三、被申請人が解雇理由として主張する事実に対する判断

(一)  疏明によれば次の事実が認められる。

申請人は昭和二十九年六月三日友人より幻燈機を借りて幻燈会を催したところ好評であつたので、会社の従業員にもその幻燈を見せようと考え、翌四日職場の従業員に幻燈の内容を話したところ映写を希望されたので、早速午前九時の休憩時間に幻燈機及びフイルムを自宅から持参し、休憩時間である午前十一時三十分頃より午後十二時三十分頃及び午後二時より同二時十五分の二回に亘つて映写したのであるが、その会場には第二工場原料倉庫(第三号倉庫)を使用することとし、申請人が同倉庫の係員鈴木から麩の空袋二枚を借りてスクリーンとし、木箱の上に幻燈機を据え付け「真空地帯」「原爆をほうむれ」「原爆の子」の三本を映写し第一回は日光松造、第二回は宮内一二がその説明に当つたこと及び右映写の準備のためコードを幻燈機に配線中倉庫に設置のヒユーズが飛んだので従業員大網にその修理を依頼したこと、ところが前記倉庫は小麦を貯蔵する倉庫で係員以外の一般従業員の出入又は使用は禁止されていたのであるが、右幻燈会開催の際空箱一万余個、空叺約三百枚、小麦約三百俵が置かれ、中央部に通路として二、三十坪の空地があつて、同所に第一回には二、三十人第二回には五、六十人の観覧者が集りその中には数人の喫煙者があつたことが認められる。

以上の事実に反する疏明は採用しない。

ところで労働協約第十二条には「組合員が会社の諸施設を利用する場合は会社の承認を得るものとする」と定められているが、申請人が右幻燈会を開くに当つて、前記倉庫の使用について、正規の手続をとらなかつたことは申請人の認めるところであり、又会社の安全衞生規則第十四条第十二号には「電気機具又は機械設備の責任者又は直接取扱者以外の者は勝手に触れてはならない」と規定され、就業規則第六十六条第二項には「従業員は安全規則を守り、災害予防に心掛けねばならない」と規定されていることが認められるので、申請人の前記行為が労働協約及び就業規則に違反すること明らかであつてこれがため懲戒処分の措置をとられることは止むを得ないといわなければならない。

(二)  然しながら労働協約又は就業規則所定の解雇事由に該る行為が解雇に価するというのは、当事者が置かれている特別の契約関係その他協約又は規則を締結又は制定した特殊事情等によつて軽微の違反をも解雇事由となすべき特段の事情のない限り、一般の契約関係にあつては労働協約又は就業規則違反が相当程度に重大なものであつて、解雇するについて社会的に妥当の価値判断がなされ得ることを要するものと解するのが相当である。蓋し懲戒処分は違反行為によつて表明される行為者の不信義的性格又は企業に対する不寄与性に対応して職場の秩序維持の観点から違反行為を防止するため反省させると共に他戒の目的をもつて行為者に課せられる不利益処分であつてその程度に相応した懲戒措置がとらるべきことが要請されるからである。

本件においては右にいう特段の事情について疏明がないばかりでなく、本件労働協約及び就業規則に徴するに協約第二十五条によれば徴戒は譴責、減給、出勤停止、解雇の四種と定め、同第二十六条には左の各号の一に該当する時は譴責、減給又は出勤停止に処し其情状重き者は即時解雇すると定め、規則第六十三条第六十四条にも協約と同様の規定をおき、同第六十五条には反則が軽微であるか特に情状酌量の余地があるか又は改悛の情が明らかに認められる時は懲戒を免じ訓戒に止める事があると規定しているのは、本件契約関係が右にいう一般の契約関係に外ならないことを表明したものというべきであり、またこのように懲戒権を妥当に行使すべきことは使用者の債務に止まらず懲戒権自体を制限したものであつて、これに違反する解雇は無効と解すべきである。なお懲戒権行使の妥当性を判断するに当つては各企業の特殊性とか違反行為のなされた状況をも考慮に入れ具体的の事案に即して判断すべきこと勿論であつてこれを一律に論断するのは失当といわなければならない。

よつてこの見地において申請人の右行為について考察するに、本件倉庫の無断使用の点については、そのこと自体が他の企業におけると異り特に規律違反を重く評価すべき事情があるものと認めることはできないし、又これによつて職場秩序を乱そうとの意図を有していたことを認めるべき疏明はない。本件において特殊状況として考慮さるべきは、前記のように火災発生の危険の多い倉庫において(ひとたび火災発生の場合会社の被るべき損害の甚大であるべきはいうを待たない)火災発生の危険ある行動に出で又はその危険を生すべき原因を与えたことであるけれども、被申請人の主張するように本件が火災寸前の行為であるとの疏明はなく、また通常火災発生に直接連結される悪質の行為ということはできないしその際そのまま放置せば火災が発生したであらうという具体的危険があつたわけでもないから、火災発生の抽象的危険が比較的大であるとの故に特に本件を重大視して一般の場合よりも遥に重く処断すべき特別の事情を認めることはできない。而して申請人の本件行為は会社の命令に違反したことと場所をわきまえず火災発生の危険を軽視した不注意の点について非難を免れないけれどもこの程度の違反に対しては将来再びこれを繰り返すことのないよう厳量に戒める趣旨の懲戒措置をとるをもつて足り、その行為の故に企業の外に放逐し即時解雇に価する重大な協約又は規則違反に当るものということはできない。

してみれば会社が申請人に対して懲戒解雇の挙に出たのは労働協約及び就業規則適用について社会的妥当性を欠くものであつてこの点において本件解雇の意思表示は無効といわざるを得ない。

第四、結論

ところで解雇が無効であるにかかわらず解雇されたものとして取扱われることは、申請人にとつて著しい損害であること明かであるから、この損害を避けるため右解雇の意思表示の無効であることの確定するまで右意思表示の効力の停止を求める本件仮処分申請は理由があるからこれを認容し、申請費用は民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 高橋正憲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例